気持ちが動かなくなった朝
今朝は珍しく朝起きられなかった。
いつもよりも15分くらい後に起きて、家を出るのも20分くらい遅くなった。
いろんなことに気持ちがついてこなくて、それでも無理やり作業を進めた。
その上、一緒に作業をしてくれているスタッフの方が、家庭の事情で今週はあと一日しが来られないことにもなってしまった。
それに伴い金曜日の午後の半日の有給休暇も取れなくなった。有給休暇は国から5日間の義務付けがされてしまい後3日の取得が必須だ。
大口の作業が完了して、この時期にしかできない整理や配置の見直しをすることをしなくてはならない。
今週いっぱいかけてそれを行うつもりだったが、増えている全体量からすると、1人でどこまでやれるだろうかと気が重くなった。
通常業務と並行して行っていたら、通常業務に支障がでてしまい、午後になって取引先の方が「返事をもらっていない」と連絡をくれて慌てて返信を出した。いろんな人に助けてもらいながら作業をしていることをありがたいと思う。
午後を何とか乗り切って家に帰ってきた。
御飯を食べ始めたら食べるのが止められなくなった。お腹はいっぱいなのに歯止めが利かなくて、背中が居たくなるくらいまで食べ続けてしまった。
自分を大切に出来ない。苦しめることしかできない。
お昼休みの誰かへの悪口から逃げたくて、車の中に居たら少しだけ心が楽になったけど、過去の気持ちがぶり返して苦しくなった。
3年前までの5年半、仕事が無いのに仕事に行っていた。仕事が貰えないってことだ。
仕事をくださいとお願いしてもらえる時もあったけど、断られてお落ち込んで何時間も古いデータを直したり消したりして過ごしたこともあったし、机の下で手を抓ってみたり、資料を広げで何度も眺めたり、自分の居ない世界のことを考えて過ごしていた。
私が黙って大人しく座っていれば、私自身もお給料が貰えたし、派遣先の会社にもお金が入るのだから、なにも文句なんて言えるものではない。
私には家族を支えるお金が必要だったし、無能な自分に次の仕事が見つかる保証なんて無かったからだ。
今も自分のやっていることなんて誰でも出来ると思っているし、力不足はいつだって感じている。だからこそ頑張って限界を超えてでもやらなくてはと思ってきた。
だけど、それは本当だろうか?
私は未熟だけれど無能ではない。
私は自分をもっと大切にしていい。
ゆっくり休みを取ることだってしていい。
私は心地のいい場所に居ていい。
休みたくないわけではなく、休めない現状なだけだ。本当は連休を取って少し休みたい。
明日も休もうと思っていたのだが「2人しかいない場所に2人休んだら誰も居なくなる」と言われて断念した。
仕事が山ほどあることは、以前の私にとっては憧れだった。
そして今はその通りになっている。
自分が過去に望んだ大きな願いだった。
逃げることはできない。願いを達成するまでは頑張るしかない。
この山を越えたら、今度は平坦でちょうどよくて心地いい道を歩くことを願おう。
いつもよりも15分くらい後に起きて、家を出るのも20分くらい遅くなった。
いろんなことに気持ちがついてこなくて、それでも無理やり作業を進めた。
その上、一緒に作業をしてくれているスタッフの方が、家庭の事情で今週はあと一日しが来られないことにもなってしまった。
それに伴い金曜日の午後の半日の有給休暇も取れなくなった。有給休暇は国から5日間の義務付けがされてしまい後3日の取得が必須だ。
大口の作業が完了して、この時期にしかできない整理や配置の見直しをすることをしなくてはならない。
今週いっぱいかけてそれを行うつもりだったが、増えている全体量からすると、1人でどこまでやれるだろうかと気が重くなった。
通常業務と並行して行っていたら、通常業務に支障がでてしまい、午後になって取引先の方が「返事をもらっていない」と連絡をくれて慌てて返信を出した。いろんな人に助けてもらいながら作業をしていることをありがたいと思う。
午後を何とか乗り切って家に帰ってきた。
御飯を食べ始めたら食べるのが止められなくなった。お腹はいっぱいなのに歯止めが利かなくて、背中が居たくなるくらいまで食べ続けてしまった。
自分を大切に出来ない。苦しめることしかできない。
お昼休みの誰かへの悪口から逃げたくて、車の中に居たら少しだけ心が楽になったけど、過去の気持ちがぶり返して苦しくなった。
3年前までの5年半、仕事が無いのに仕事に行っていた。仕事が貰えないってことだ。
仕事をくださいとお願いしてもらえる時もあったけど、断られてお落ち込んで何時間も古いデータを直したり消したりして過ごしたこともあったし、机の下で手を抓ってみたり、資料を広げで何度も眺めたり、自分の居ない世界のことを考えて過ごしていた。
私が黙って大人しく座っていれば、私自身もお給料が貰えたし、派遣先の会社にもお金が入るのだから、なにも文句なんて言えるものではない。
私には家族を支えるお金が必要だったし、無能な自分に次の仕事が見つかる保証なんて無かったからだ。
今も自分のやっていることなんて誰でも出来ると思っているし、力不足はいつだって感じている。だからこそ頑張って限界を超えてでもやらなくてはと思ってきた。
だけど、それは本当だろうか?
私は未熟だけれど無能ではない。
私は自分をもっと大切にしていい。
ゆっくり休みを取ることだってしていい。
私は心地のいい場所に居ていい。
休みたくないわけではなく、休めない現状なだけだ。本当は連休を取って少し休みたい。
明日も休もうと思っていたのだが「2人しかいない場所に2人休んだら誰も居なくなる」と言われて断念した。
仕事が山ほどあることは、以前の私にとっては憧れだった。
そして今はその通りになっている。
自分が過去に望んだ大きな願いだった。
逃げることはできない。願いを達成するまでは頑張るしかない。
この山を越えたら、今度は平坦でちょうどよくて心地いい道を歩くことを願おう。
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